2013年12月11日
熱ーい話です。
京都産業大学落語長屋を設立いただきました武居先輩と鶴瓶さんとの
熱ーい話の紹介です。
11月15日にバリで息子が35歳にして25歳の女性と結婚。
バリでの出席者は、相手のご家族と我家のみで新郎新婦を含め計8名。
流行りの海外での結婚式とはこういうものかと、理解できないまま
本人たちが望む方法で質素に大袈裟にせずでした。
しかし、何かサプライズがあってもいいだろうと考え、
岡崎君と「笑福亭鶴瓶落語会」の楽屋に押しかけ、彼にお祝いを述べさせ
それをビデオで撮って披露宴の最後に予期せぬ人からのビデオレターとして
皆さんを驚ろかすことを計画。
落語会が終わって楽屋に行ったら彼は超多忙ですぐに羽田へ行って福岡へ行くとのこと。
趣旨を説明。快諾。
「任せてください。後で色紙と一緒に送ります」と返答。
5日後、ビデオが送られてきた。
当然、結婚式のあと宴での最後に進行役から驚きのビデオレターが届いておりますと進行。
大きなTVの画面にいきなり鶴瓶が映り、
「えー、今新潟に来ています。ここは明日落語会を演る劇場の舞台です。」
新婦も相手の家族も最初は、なんで日本のTVが映っているのかなぁてなもんでしたが、
「そちらは、バリですよね。大地さん・綾さんご結婚おめでとうございます。
ご家族の皆さんおめでとうございます」
そこで自分の名前を呼ばれた新婦、家族はビックリ。
それから鶴瓶の結婚の経緯、大学2回生の時に松友玲子ちゃんと
ある本の表紙の裏に血判状を作った。
二人の名前を書いて結婚をしますと。(実にマセたことをやっていたものです)
これが、今の自分たちが40年間仲良く続いた出発点になった証拠の本です。
ところでこの本(桂米朝全集)は、
「武居陽至さんのものです。大地さんのお父さんの本です」
裏表紙の裏に私の名前がインクも滲んで残っていた。
何故か感動がありました。
結局、私の本を盗んでいたと言うことです。
落ちとしては、このビデオレターのギャラ代わりに、正式にこの本をもらいます。
本はボロボロになっていましたが、彼ら夫婦にとっては
大切な大切な宝物になってました。
40数年たっても思いがけないつながりが、残っていたのです。
11月10日のラジオのニッポン放送「鶴瓶の日曜のそれ」と言う番組で
この話を彼がした。
それ以降、ゴルフへ行ったら色んな人から
「鶴瓶さんが話していた武居陽至とはあなたのこと?」
と聞かれました。
私は聞いてなかったのでなんで私と思ったのか聞いてみると
「武居陽至」「三菱商事」と言うキーワードが、私に結びついたそうです。
ラジオの力、影響力とはえらいもんです。
実ににいい仕事をしてくれました。
福岡から新潟へ行く途中、わざわざ西宮の家に寄り本を取りに行って新潟で収録。
どうやら一生懸命彼なりに考えてくれたようです。
その気持ちが非常に、私のそして家内の気持ちを熱くさせてくれました。
しかしあの本がなかったら、何を言ったのかなーとも思ってみたりしてます。
〆
熱ーい話の紹介です。
11月15日にバリで息子が35歳にして25歳の女性と結婚。
バリでの出席者は、相手のご家族と我家のみで新郎新婦を含め計8名。
流行りの海外での結婚式とはこういうものかと、理解できないまま
本人たちが望む方法で質素に大袈裟にせずでした。
しかし、何かサプライズがあってもいいだろうと考え、
岡崎君と「笑福亭鶴瓶落語会」の楽屋に押しかけ、彼にお祝いを述べさせ
それをビデオで撮って披露宴の最後に予期せぬ人からのビデオレターとして
皆さんを驚ろかすことを計画。
落語会が終わって楽屋に行ったら彼は超多忙ですぐに羽田へ行って福岡へ行くとのこと。
趣旨を説明。快諾。
「任せてください。後で色紙と一緒に送ります」と返答。
5日後、ビデオが送られてきた。
当然、結婚式のあと宴での最後に進行役から驚きのビデオレターが届いておりますと進行。
大きなTVの画面にいきなり鶴瓶が映り、
「えー、今新潟に来ています。ここは明日落語会を演る劇場の舞台です。」
新婦も相手の家族も最初は、なんで日本のTVが映っているのかなぁてなもんでしたが、
「そちらは、バリですよね。大地さん・綾さんご結婚おめでとうございます。
ご家族の皆さんおめでとうございます」
そこで自分の名前を呼ばれた新婦、家族はビックリ。
それから鶴瓶の結婚の経緯、大学2回生の時に松友玲子ちゃんと
ある本の表紙の裏に血判状を作った。
二人の名前を書いて結婚をしますと。(実にマセたことをやっていたものです)
これが、今の自分たちが40年間仲良く続いた出発点になった証拠の本です。
ところでこの本(桂米朝全集)は、
「武居陽至さんのものです。大地さんのお父さんの本です」
裏表紙の裏に私の名前がインクも滲んで残っていた。
何故か感動がありました。
結局、私の本を盗んでいたと言うことです。
落ちとしては、このビデオレターのギャラ代わりに、正式にこの本をもらいます。
本はボロボロになっていましたが、彼ら夫婦にとっては
大切な大切な宝物になってました。
40数年たっても思いがけないつながりが、残っていたのです。
11月10日のラジオのニッポン放送「鶴瓶の日曜のそれ」と言う番組で
この話を彼がした。
それ以降、ゴルフへ行ったら色んな人から
「鶴瓶さんが話していた武居陽至とはあなたのこと?」
と聞かれました。
私は聞いてなかったのでなんで私と思ったのか聞いてみると
「武居陽至」「三菱商事」と言うキーワードが、私に結びついたそうです。
ラジオの力、影響力とはえらいもんです。
実ににいい仕事をしてくれました。
福岡から新潟へ行く途中、わざわざ西宮の家に寄り本を取りに行って新潟で収録。
どうやら一生懸命彼なりに考えてくれたようです。
その気持ちが非常に、私のそして家内の気持ちを熱くさせてくれました。
しかしあの本がなかったら、何を言ったのかなーとも思ってみたりしてます。
〆
Posted by サギタリウス at 18:58│Comments(0)
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